「―――ようやく見つかったか」 「はい」 ほの暗い洞窟の中、ただゆらゆらと揺れる炎だけが唯一の光源だった。 老人は朗々と彼等に命じた。 「行くぞ。迎えに行くのじゃ。我らが“星の乙女”を」 □■□ 朝日の眩しさで、は目を覚ました。 カーテンの隙間から日光が漏れていた。 「………」 しばらく天井をぼんやりと見上げたあと、はゆっくりとソファから起き上がった。 蓮に拾われてから数日。 このソファがの寝床となっていた。 ―――ギー…ガシャン……ギー…ガシャン… 隣の部屋から微かな機械音が耳に届いた。 どうやら彼はもう起きているらしい。 随分と早起きだ。 時計を見てみれば、まだ夜明けを過ぎて間もないというのに。 各言う自身も、いつもならまだ寝ている頃である。 今日は何となく目が覚めてしまっただけだった。 『―――あ、殿』 不意に、壁から声がした。 振り向いてみると、見慣れた武将の人魂。 『おはようございます』 「……ん。おはよう」 軽くお辞儀をする馬孫に、欠伸が止まらなくて、は目を擦りながら生返事を返した。 『起こしてしまったようですね…申し訳ありません』 「…だいじょう、ぶ」 『もうすぐ坊ちゃまがシャワーを浴びる時間なんですが……もし良かったら牛乳瓶、用意して頂けませんか?』 「わかった」 と、はごそごそと冷蔵庫を漁り出した。 この家の勝手なら、もう随分覚えた。 そうして牛乳を探すの背中を、馬孫は黙って見つめていた。 『………』 脳裏に浮かぶのは、あの時の彼女の様子。 あの不可思議な、シルバと名乗るネイティブアメリカンの青年とのやり取り。 あの時彼女はシルバに何と言っていたのだろう? そのあと青年はなにやら呆然とのことを見つめていた。 ………わからない。 今尋ねたら、彼女は答えてくれるだろうか。 『―――…殿』 「んー?」 『あの時…あのシルバという青年に会った時、彼に最後何と仰っていたのですか?』 ごそごそ、という音が止んだ。 冷蔵庫を覗き込んでいたの顔が、馬孫を振り返る。 その顔には―――明らかな戸惑い。 「……シルバ?」 この反応には、馬孫の方が狼狽した。 『え、そうですシルバですよ。お忘れですか? この間坊ちゃまと商店街に行ったとき会ったではないですか』 「この間の…商店街の時…?」 む、とが首をかしげて考え込む。 まさか本当に。 覚えていないとでもいうのか。 つい先日のことなのに。 「あ」 不意にが声をあげた。 「思い出した。あの露天商の、ひと?」 『そうですよ! 殿は商店街の表通りから抜けて、まるであの方をお探しになっているようにみえましたが…』 「ちがう」 はゆるゆると首を振った。 「わたしはただ――誰かに呼ばれたような気がして。だからあの道に行ったの。 そうしたら……あの、シルバがいた」 『呼ばれた…? あのシルバという男にですか?』 は「わからない」と、再び首を傾げた。 これでは馬孫の方がわからない。 『で、では……あの青年に、別れ際何と告げたのですか? 彼はとても驚いていたようですが』 「告げた? わたしが?」 『ええ』 だんだん馬孫は不安になってくる。 なんだろう。この微妙な食い違いは。 何かが引っかかる。 「………馬孫、あのね。わたし――あの道に入ってから、余り覚えてないの」 『は―――?』 今度こそ。 馬孫は目を丸くした。 がやや気まずそうに、目を伏せる。 「誰かに呼ばれたような気がして……あの裏路地に入ってから、何となく記憶が曖昧で……シルバに会ったのは覚えているの。 でもあとのことは殆ど…。気が付いたら、蓮のところに戻ってた」 『それは……』 一時的な記憶障害か? しかしそれにしては…タイミングが良過ぎる気がする。 一体、何だと言うのだろう。 シルバは一体、この娘から何を聞いたのだろう。 「――――こんな所で油を売っていたのか、馬孫」 はっと馬孫は我に返った。 『坊ちゃま』 「あ、蓮」 そうだ。 自分はこの主の為に、牛乳を用意して貰おうとの所まで来たのだ。 危うく失念するところだった。 蓮もに気付く。 「貴様も起きていたのか」 「目が覚めたから」 蓮こそ早起き、とはいつもの調子で言った。 しかしその瞬間。 ピンと空気が張り詰めた気がした。 だがそれはほんの一瞬で、すぐに元へと戻る。 「―――…もうすぐ試合だからな」 そういうと、蓮はくるりと踵を返し、シャワー室へと向かった。 その背を見届けると、がそっと馬孫にささやく。 「ねえ、馬孫」 『何でしょうか?』 「蓮………何か怒っているの?」 『いえ…』 多分。 試合を間近に控えて、気持ちが昂っているのだろうと思う。 何せあの麻倉葉との因縁の戦いなのだ。 以前ではの前ではまだ大丈夫だったものの、刻一刻と近付いてくる試合の気配に、徐々に蓮の刺々しさが戻ってきていた。 不安そうなに、馬孫は気にしないで下さい、と告げた。 今はいたずらに蓮の緊張を刺激しない方が、いい。 「………」 もそれ以上は聞かず、ただ黙々と冷蔵庫の中から牛乳瓶を取り出し始めた。 □■□ 「………」 その夜。 夕食を終えた後、は屋上にいた。 此処に来たのは、あの蓮に拾われた時以来だった。 夜風はほんの少しだけ、肌寒い。 は黙って、夜の町並みを見下ろしていた。 シャーマンファイト。 もうすぐ予選が終わろうとしている。 恐らく、蓮の戦いは一番最後の試合となる筈だ。 ―――そうカミサマが教えてくれた。 カミサマ 何でも知っていて、何でも教えてくれる わたしの、世界のすべて。 多分、シルバのところへ呼んだのも……カミサマ、だ。 (でも……どうして) あの青年の下へ何故自分は行かねばならなかったのか。 その必要性が、リオにはさっぱりわからなかった。 カミサマは一体何を考えているんだろう? それに、もうひとつ。 気になっていることがある。 はぎゅっと胸の前で両手を握り締めた。 馬孫はああ言ってはいたけれど… 少し不安になる。 蓮の雰囲気が、じわじわとあの初めて逢った頃の彼に戻ってきているのがわかった。 知っている。わかっている。 蓮は……うわべに見えるものほど、怖い人間ではないということ。 だって彼は、何だかんだ言いながら、結局は行く当てのない自分をここへ置いてくれたのだから。 あの時だって 赤く腫れたの肘を見て 「突き飛ばされても表情を変えない奴が、」 あの時のあの顔 …忘れられない 不器用な口調 ―――――? はふと己の掌を見つめた。 なんだろう、今のは。 今… 蓮のあの時の笑顔を思い出しただけなのに どうして胸がざわざわするんだろう? まるで締め付けられるみたいに、きゅっと痛くなる。 こんな感情、知らない。 「………カミサマ」 これは何? どうして、こんなに―――苦しいの。 だけど返答はない。 今この瞬間だけ、は何故かカミサマを遠くに感じた。 「――――――――ここにおわしたか」 ざあっと風が凪いだ。 聞きなれた声がして、は何気なく振り返る。 そこには―― 「シルバ、さん……?」 あの露天商の青年の姿があった。 あの時の違うのは、その民族衣装と、背後に控える―――暗がりで気配しかわからないが、数人の青年の影。 瞬時には緊張する。 一体いつのまに―――? 暗がりから一人の影が進み出てきた。 その小さな影は、しわがれた声で告げる。 「迎えに来たぞ。『星の乙女』よ」 老人の言葉に合わせるように、シルバを含めた他の影がいっせいにその場に跪いた。 はただ目を丸くして眺めている。 (星の乙女…?) そんなの、知らない。 「わしの名はゴルドバ。パッチの族長をしておる。他は、此度のシャーマンファイトの十祭司だ」 「パッ、チ…?」 訝しげなの口調に、ゴルドバの視線が僅かに細められた。 「お主まさか……記憶がないのか?」 その瞬間、背後で跪いていた十祭司たちがどよめいた。 シルバが言う。 「ゴルドバ様ッ、しかし彼女は確かに――」 「落ち着け。何もお主の言っていることが嘘だとはわしも思わん。現に、星の乙女はここにおるのだ。 だが……そうか。先代から色々と聞いておったが…記憶を封じたか」 ごう、とビル風が容赦なくの髪を弄ぶ。 だがはぴくりとも動かず、ただゴルドバを凝視していた。 なにを なにをいっているの、このひと 何だろう 鼓動が高まる 呼吸が速くなる 落ち着かない そわそわする 背中が――ぞくぞくする まるで何か触れてはいけないものに、触れるみたいに。 「まあ良い。とにかく……よ」 「…どうしてわたしの名前、知っているの」 「知っているも何も。おぬしの名は、いつの時代であっても『』だったではないか」 「いつの時代でも…?」 どういうことだろう? 一段と動悸が激しくなる。 何か、思い出してはいけない何かに、わたしは触れている。 禁忌を侵そうとしている―――― 「そうじゃ。ワシらが生まれる遥か昔から、シャーマンファイトが開催される五百年ごとに、おぬしはいつだって『』としてうまれてきた」 ―――! 「あ…」 がくがくと膝が震える。 押し寄せる記憶の波に、溺れそうになる。 これは何? 何なの? は思わず叫んだ。 「………カミサマっ…!」 「カミサマ? ……ああ、グレート・スピリッツのことか。おぬしはいつも奴のことをそう呼んでいたらしいな」 「グレート・スピリッツ…?」 「まあ良い。 ―――よ。わしらと共に来い。わしらと共に、パッチ村へ」 皺くちゃな手が、に差し出された。 その枯れ木のような手は、外見に反して抗いがたい威圧に包まれていて。 の脳裏に何かがフラッシュバックする。 (これは―――?) 奇妙な感覚。 既視感。 わたし、以前にこれと似たようなこと体験している――? どくん、と 一度、心臓が飛び跳ねた。 「……いやっ」 は首を振って、じりじりと後ずさった。 駄目だ。 あの手をとっては駄目だ。 あれは―――禍々しいものだ。 近付いてはいけない。 近付いたら、思い出してしまう。 思い出したくない。 ひたすらそう思った。 自分が以前何を経験したのか全くわからないけど。 だけど、酷く嫌な後味だけがじわじわと胸を侵食する。 の拒否に、再び十祭司たちが落ち着きをなくす。 まるで最初からの拒絶など予想していなかったかのように。 「静まれぃッ!」 しかしゴルドバの一喝で、それはぴたりと止んだ。 老人は静かだが威圧感の溢れた双眸で、を見つめた。 「拒むか」 「………」 「拒むのか。星の乙女よ」 「その名前で呼ばないで!」 とうとうは、悲鳴に近い声で叫んだ。 ゴルドバはため息をつくと、 「やれやれ。――シルバ。カリム」 「…は」 「何でしょうか」 「彼女を捕らえよ。無理にでも連れて行く」 これにはだけでなく、呼ばれた十祭司たちも息をのんだ。 「し、しかしゴルドバ様…」 「何を惑う。こうしている間にも、刻一刻とシャーマンファイトの時間は過ぎていくのじゃ。 星の乙女の重要性はお主たちもよくわかっておろう。シャーマンファイトに、彼女は絶対不可欠な存在なのだ」 「はぁ…でも」 「シルバ」 尚も何かを言いかけたシルバを、ゴルドバの鋭い叱責が遮る。 シルバは仕方なく口を閉じた。 そして、カリムと共にに向き直った。 びく、との身体が強張る。 「あ…」 「すまない。だが悪いようには絶対にしない。だから、大人しく着いて来てくれないか」 の腕を二人が取った。 青年二人の力には、は叶わない。 いや 嫌だ行きたくない 行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない 助けて、カミサマ たすけて――― 「れんッ……!」 「貴様ら、そこで何をやっている」 は耳を疑った。 まさか。まさか、本当に―― 突然の声に、十祭司たちもぴたりと動きを止めた。 いっせいに声がした方を振り向く。 「蓮!」 の呼びかけに、蓮はちらりと彼女を見た。 そして、彼女の腕を掴むシルバとカリムを順々に睨みつける。 「その手を離せ」 「まさか……どうして道蓮がここに!?」 「ここは道家が管理するホテルだ。それぐらい調べて来い」 蓮がゆっくりとの元へと歩み寄る。 シルバたちはから離れ、ゴルドバの元へと下がった。 そのまま蓮は歩き続け――ぴた、と足が止まる。 立ち竦むを、背に庇うように。 「何用だ。パッチども」 「そうか……お主が星の乙女を保護しておったのか」 「何だその星の乙女とやらは」 「……世の中には知らぬ方が良いこともある」 「なに」 ぴく、と蓮のこめかみが引き攣る。 「貴様らは、こいつが何者なのか知っているのか」 と初めて出逢ったときのあの不可思議なやり取りは、今でも忘れていない。 「お主に話すべきことではない」 ゴルドバも負けじと睨み返す。 両者の間に、見えない火花が散った。 「は。しかしパッチも暇なものだな。たかが一人の女の為に何を必死になっている」 「………」 「こいつは嫌がっているぞ。いつからパッチは誘拐まで営むようになったんだ?」 「お主には関係ない」 「何だと?」 「道蓮。ここで見た出来事は全て忘れろ。そうすればファイトへの参加資格は取り消さないでいてやる」 「……ほう?」 どこまでも高圧的なゴルドバの口調に、蓮の目が細められる。 そしてスッと構えた。 その手には、いつの間にか馬孫刀がしっかりと握られている。 ゆらりと切っ先から漂う殺気。 しかし刃を向けられても尚、ゴルドバの瞳は揺らがない。 周囲の十祭司達の間に緊張が走った。 「ということは、こいつは貴様らにとってなくてはならない存在のようだな。 だが貴様らは、人にものを頼む態度というのを知らぬらしい」 金色の双眸が鋭くなる。 怒気を孕んだ声音。 ここのところ、ファイトへの緊張でぴりぴりしていたのだ。 そこへこんな癇に障る態度をされたら―― 「何故庇う」 「庇っている訳ではない。貴様らの態度が気に食わん」 「結果的には庇っているではないか。…良いのか。ファイトへの参加資格を取り消すぞ」 「………」 蓮が押し黙る。 は不安げにその後姿を見上げた。 細い、だけれどもしっかりと線の強い背中が見える。 「は」 しかし蓮は鼻で笑った。 「だがコイツは、望んでいないようだが?」 予想外の言葉に、は目を丸くした。 いいのか。 だって彼はあんなにも、シャーマンキングになることへ固執していたではないか。 それを、そんな簡単に―――どうして。 ゴルドバも訝しげに蓮に問う。 「……何故そこまで」 「だから言っただろう。気に食わんからだ」 「お主には関係なかろう」 「ああ、そうだな。それはその通りだ」 「…関係ないのに口を挟むのか?」 「そうだ」 「面倒ごとは厭うと思っておったが?」 「ああ」 「と知り合ったのも……つい最近じゃろうに」 「…そうだ」 (俺は、何を言っている…?) 自分でも、驚くべき言葉がどんどん出てきた。 …不思議な気分だった。 でも――コイツに関わろうと決心したのは、自分だから。 自分で決めたことを、他人に邪魔されるのが一番腹が立つ。 続けざまに飛び出てくる蓮の返答に、は半ば呆然と見上げていた。 そんなの様子を、ゴルドバはじっと見つめる。 そして、再び蓮に視線を戻す。 金色の双眸。 強い意志の宿った。 はあ、とひとつため息をついて。 「―――わかった。そこまで言うのなら…仕方ない」 驚いた十祭司たちが「え?」とゴルドバに注目した。 各言う蓮も、眉をひそめる。 「どういうことだ?」 「だから。はおぬしに任せる、と言っておる」 「し、しかしゴルドバ様…」 「お主は黙っておれ」 戸惑うシルバを、ぴしゃりとゴルドバが遮った。 「もおぬしならば心を許しておるようだしの」 意外なことだが、という言葉を、ゴルドバは寸での所で飲み込んだ。 事前に掴んでいた情報からは全く予想もしていなかった。 あの『道蓮』が、他者を庇うなどと。 (まったく…イレギュラーにも程があるわい) 「だが、条件がある」 「……条件?」 「もしおぬしが試合に負け、シャーマンファイトとは全く関係のない人間へ戻ったら…… そのときは無理矢理にでもを連れて行く」 「なに」 「聞いていただろう? 彼女はこのシャーマンファイトになくてはならぬ存在なのだ。 何、嫌ならおぬしが勝ち続ければよい」 その挑発するような口調に、蓮の目が一層きつくなる。 しかしゴルドバは全く意に介さない。 「そしてもう一つ。―――――何があっても守れ」 誰にも渡すな。誰にも晒すな。 守れ。庇え。全力で楯になれ。 命に代えても。 必ず。 「誓えるか」 ゴルドバが厳しい口調で問い質す。 つられて、も不安げに蓮を仰ぐ。 蓮は――― フンと鼻で笑った。 その重過ぎる、異常なほどに厳重な誓いを。 「上等だ」 「俺はシャーマンキングになる男だからな」 「それくらいのハンデがないと逆につまらん」 全て返り討ちにしてくれる――― そう蓮は、言った。 不敵な笑みを浮かべ、確かな口調で。 そこでようやく、ゴルドバも口許を綻ばせた。 「では託したぞ」 「ああ」 バサリとゴルドバがマントを翻す。 周囲の十祭司たちも、それに倣う。 「―――道蓮」 「何だ」 「シャーマンファイトを勝ち進めば―――自ずとの正体についてはわかるだろう」 その言葉を最後に、パッチの侵入者達は姿を消した。 「」 ゴルドバ達が去ってからしばらく経って。 ぼうっと空を仰いでいたは、蓮の声で我に返った。 「れ、ん」 「何を呆けている。帰るぞ」 「まっ…まって」 何事もなかったかのようにくるりと踵を返した蓮の服を、は思わず掴んだ。 身動きが取れなくなって、顔をしかめた蓮が振り返る。 「何だ?」 「あ、…えと」 言いたいことは沢山あったのに。 訊きたいことも沢山あったのに。 ……どうしよう。 改めて蓮の顔を見たら―――何も出てこなくなってしまった。 そのままもごもごと黙り込んだを尻目に、蓮は「何もないなら行くぞ。冷える」とさっさと屋内へ入ってしまう。 「あっ…」 かんかん、という階段を下りる音に、は慌てて追いかけた。 「――――」 阿呆か、俺は。 何故庇った。 何故―――守った? あのタイミングで。 折角あの不思議な彼女の、正体が掴めるかもしれないところだったのに。 実のところ、蓮はゴルドバ達の気配を早くに察知していた。 不審に思って屋上へ上がってみると――ゴルドバが彼女を『星の乙女』と呼び、迎えに来たと告げているところだった。 その時点で、蓮は様子を伺っていた。 …何かの正体を掴めると思ったから。 けれど。 タイミングをもう少し遅らせれば。 結局わかったのは、が『星の乙女』とパッチから呼ばれる存在であること。 シャーマンファイトに必要不可欠な存在であること。 遥か昔のシャーマンファイトの時代から、彼女はその都度うまれてきたということ。 (わけがわからん……特に最後の) シャーマンファイトが開催される五百年ごとに、毎回彼女が『』としてうまれてきたこと。 どういうことだ。 そして、の言っていた「カミサマ」の正体。 まさかあれが、 (グレート・スピリッツのことだったとは…) だがわかったのはそこまでだった。 そのあと何故だかが錯乱状態に陥り始めて、十祭司らが無理矢理彼女を連れて行こうとした。 本当なら、もう少し粘ればよかったのだ。 そうしたらもっと何か判明したかもしれないのに。 なのに。 気付いたら、身体が勝手に動いていた。 否。 本当は、その大分前から。 それこそゴルドバ達の気配を感知してから、ずっと。 落ち着かなかった。 すぐにでも飛び出しそうだった。 を捕らえるパッチ達の無骨な腕を、振り払ってやりたかった。 激情。頭の芯が痺れてしまうほどに、熱い感情。 それをじっと抑えて、暗がりからあの様子を見つめていた。 ……拳の震えを、今でも覚えている。 「――――……っくそ」 蓮は自分の顔を掌で覆った。 そのまま、わしゃわしゃと頭を掻き毟る。 自分が自分でないような感覚。 ああ、おかしい。 俺はおかしい。 いつから? あのパッチ共が侵入してきてからか? 違う。 (あいつに逢ったときからだ) に出逢った、あの時から。 自分のペースは狂わされっぱなしだ。 (結局己のことが一番解らない…) 一体自分は、どうしてしまったのだろう。 「きゃ」 「!」 ぽすん、と軽い音がして、背中に何かが当たって、蓮は足を止めた。 振り返らなくてもわかる。 その小さな感触は……、だ。 「――何をやっている」 何となく、彼女を直視できなくて。 前を向いたまま、どこかぶっきらぼうに蓮は尋ねた。 すると、 「…転んだ」 「は?」 「、ころんだ。だから……ぶつかった」 彼女の声がくぐもっているのは、恐らく自分の背中に顔が当たっているからだろう。 それにしても… (こんな階段で転ぶとは…一歩間違えたら死ぬぞ) 呆れを通り越していっそ笑えてくる。 そこで、ふと。 蓮は気付く。 ああ、そうか。 「―――全く、貴様は……」 ようやく振り返って、 その小さな頭を撫でて。 そのままくしゃくしゃにする。 が、驚いたように目を細めた。 はぁ、とため息が漏れる。 放っとけない奴だ。 そう、放っておけないのだ。 危なっかしくて、どこかぼんやりしていて。 大人びた表情もするくせに、幼い子供のように世間知らずで。 微妙なアンバランス。 危なっかしくて、見ていられない。 ついつい手を差し伸べてしまう。 「――――蓮」 「何だ」 嗚呼こんなにも。 「ありがとう」 彼女は純粋に笑う。 出逢ったときから、ずっと変わらない。 それは、ちいさな決意。 生まれて初めて己が望んだこと。 守りたい ――――試合の日は、もうすぐそこまで近付いてきていた。 |